石製品(灯篭・墓石)の製造販売・直売・通販 創業文政11年(1828) 株式会社 杉田石材店 |
愛知県岡崎市箱柳町川南西13番地2 電話 0564-21-2871 FAX 0564-21-2824 |
骨董貴重品 国産のかなり古い燈篭も多数ございます。苔のよく付いている燈篭はお庭になじみやすく、 味わいがあります。また、韓国の石人や望柱石などもございます。 |
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表示価格は税抜き価格です |
豊前型奥の院 | |
鎌倉室町時代(約450〜800年前) | |
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本歌は、奈良県春日野町の春日大社にあります。約450〜800年前のもので、現在、日本で販売している燈籠としてはおそらく最も古い燈籠の一つだと思われます。火を灯す場所である火袋の側面には、松・柳・梅・紅葉が彫ってあります。 火袋を受け置く中台には十二支が彫られ、その上下(それぞれ火袋受座と中台下場と呼びます)には蓮弁と呼ばれる花弁の装飾がされていて、それは現在の奥の院型にも受け継がれています。現在の奥の院型とよばれるものは周りの装飾が派手なので、かなり違うイメージがあるかもしれませんが、バブル期以前の奥の院型は上品な彫刻を施しています。 左の製品を弊社にて製作した製品 豊前型奥の院(弊社制作品) 158万円 |
完売 | |
金作燈籠 | |
大正から昭和初期(約80〜100年前) | |
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当時の岡崎の名工が製作した作品です。 機械を使用せず細部まで手作業で仕上げてあり、非常にすぐれた作品となっております。 火袋がふっくらしており、むくんでいる事が特徴としてあげられます。 また、電動工具のない時代に全て手作りで制作されており、頂上の宝珠などは特に細やで繊細な仕上げが施されています。それに加え、第二次世界大戦などの戦争の起きた時代にも関わらず、キズはほとんどなく完品に近い美しい状態です。 左の製品を弊社にて製作した製品 金作燈籠(弊社制作品) 150万円 |
230万円 | |
白太夫 | |
明治からそれ以前(約130〜180年前) | |
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年代の割に欠損が少なく、年数を経ることで商品に良いあじがあります。この本歌は京都の北野天満宮の、三光門を入ったすぐ右側の木柵内にあります。平安時代中期の武将
源頼光の四天王の一人「渡邊綱(わたなべのつな)」が寄進したと伝えられる石灯籠で、国の重要美術品に指定されています。 渡邊綱は、「大江山の酒呑童子退治」「一条戻り橋の鬼退治」で知られる人物です。一条戻り橋の鬼退治の話は、「渡邊綱が所要で外出し、夜半に一条戻り橋へさしかかったところ、若い美しい女に出会い家まで送り届けることとなりました。暫く行くと、その女は鬼の姿となり渡邊綱を捉えて空へと舞い上がり、愛宕山へ連れ去ろうとしました。北野天満宮の上空へ来た時に渡邊綱は太刀を抜き、彼を掴んでいた鬼の腕を切り落とし、難を逃れることが出来ました。」という伝説です。後日、渡邊綱が北野天満宮の神様のおかげだと、この灯籠を寄進したと伝えられています。 左の製品を弊社にて製作した製品 白太夫(弊社制作品) 68万円 |
太秦 | |
京都産の白川石で製作してあります。 | |
158万円 | |
竜光院 | |
一部欠損があります。 ご希望により修復いたします。 |
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135万円 | |
名称不詳 | |
明治からそれ以前(約130〜180年前) | |
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典型的な江戸期のデザインの作品であります。小さい火袋、大きな笠、大きな蕨手、頂上の変形した大きな宝珠などが、このころの好みだったと思われます。江戸期に作られた多くのものに、このような特徴があります。 |
135万円 |
磯部利秋(いそべりあき) 戦前3,000人いたとされる岡崎の石職人の中で、名工と呼ばれた5人のうちの一人です。 |
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烏丸の塔 | ||||
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石人 約300年〜400年前のものです。通常は、2体または2本で一対をなします。韓国の貴族階級の陵に建てられたり、村の守護神としての役割もあります。また、外来の客人を迎える標識の役割も果たしました。鼻が削られているものが多くあります。これは、鼻を削り細かくして煎じて飲むことが結核をはじめ万病に効くと伝えられていた為、人々が削り取りました。そのため鼻がきれいに残っているものは、特に貴重なものとされます。 ※弊社で製作した石人はこちら でご紹介しています。 |
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約300〜400年前 | ||||
高さ約105p | 高さ約110p | 高さ約130p | 高さ約120p | 高さ約180p |
@童子 |
A (キズ有り) |
B97万円 | C |
D330万円 |
最新の情報は新しいホームページにて 石人 |
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高さ約170p | ||||
E418万円 |